ぶきっちょ。
週末になんかblogを書こうと思っている。
もう週末か……早すぎるやろ。
今週は仕事が大変忙しく、その意味でとても充実していた。
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「○○するなら、やらない方がマシ」
「○○したら、全てが台無し」
わたしが人の仕事を見たら思いがちのこのセリフは、多分口にすれば全て自分に帰ってくる。
果たして自分が仕事でしたことはこれで良かったのか。
発言や態度は本当にそれでよかったのか。
この一週間何を見てきたのか?
乗り切ろうとする自分に酔おうとしてただけではないのか。
などと、色々なことを考えつつ、打ち上げと称して王将で飲む。
たまには中華料理はいい。
そう思いながらまどろんでいると
深夜1時に腹部の激痛に目を覚ます。
疲れてる時の胃には劇薬だったみたいだ。
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7 月××日
著者はいつものように谷充代さん。
わたしは高倉健さんの映画って見てるようでそんなに見ていないのだけれども、谷さんの本を読んでいるだけでいつも、高倉健さんは日本映画界にとってもまた1人の人としてともレジェンド級のすごい存在だったのだなぁ、と思わされる。
「仕事」について、生き方/逝き方について。人との添い方について。
お酒を飲みながら本を読んでいたら、いつの間にか目から涙が零れていた。
深夜1時に腹痛で目が覚めた。
◇
7月××日
変わろうと思った時点で人は変わっている。
今の状況に甘んじていると自分が考えている、そういう時期だって長い目で見たら必要なんじゃないか。
という内容のメッセージをネットの友人から貰っていることに気がつく。
昔は私がそういう事を言っていた相手だったのだけど、すっかり立ち位置が逆転したな(笑)と、人の成長を嬉しく思ったりしている。
私のTwitterは考えたらこの人と共にあったのかもなぁ、なんて一瞬考えたけど別にそんなことも無かった。
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ブログは基本的にダーーーッと書いているのだけど、書いている中で意外と内容に共通項が浮かんでいて面白いなぁ、と思う。
今日のテーマは言うなれば 生き方と至らなさ……言うなれば「不器用ですから」、というところなのか。
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某俳優の訃報に接した。
理屈では、自殺は周りの人に深い爪痕を残すから、余程の踏み込みがないと出来ない、って事が言えると思うし、わたしは割と平気でそういうことを言うのだけど。
ただ、混乱したり狼狽した時にワーーーー!!ってなって、その時に死ぬ方向にエネルギーが動いたら多分私も死ぬと思うし、そうじゃなくても死後の世界を試したくなったら試してしまうかもしれない。
気がついたらフワッと駅のホームや窓から身を投げているかもしれない。
だから人の死を選ぶ理由なんてどこを探しても多分真実にはたどり着けないと思っている。
ただ、死を選び実行するまでは道筋はとても長いはずだ。
その道のりの中で考えに詰まって詰まって詰まって、という結果であったら、
「惜しかった」とか「これからだったのに」とか、
こちらサイドからの一方的な願望の言葉を私は言いたくないかな、と思う。
本人には惜しかった気持ちは無いのだから。
これからはないのだから。
ただひたすら、冥福を祈る。
また心に爪痕を残された人の安定を祈る。